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池井戸潤「陸王」 [読]

老舗の足袋製造業者が、業績の先細りに備えて、新商品の開発に乗り出す。それがランナー用のシューズ。
中小企業の経営者が新商品を生み出すまでの苦労話。会社の中での賛同者と離反者、金策の奔走、思いがけない外部の協力者、家族の助け等々。
要するに「下町ロケット」や「ルーズヴェルト・ゲーム」と同じ話なのだが、ついつい引き込まれてしまう。

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ユッシ・エーズラ・オールスン「特捜部Qー知りすぎたマルコ」 [読]

デンマーク人作家の警察小説。これも池澤夏樹の書評で知った。
アフリカの貧村で監視員が殺されるところから事件が始まる。裏に潜むのは政府開発援助(ODA)を巡る汚職事件だった。それに絡むのが、イタリアからデンマークに移住してきた窃盗団。子どもを犯罪に使う。
マルコはその一人で、汚職事件に伴う犯罪を知るが、強制送還を恐れて警察に接触できない。窃盗団からも追われるマルコの存在を、未解決の重大事件を扱う部署「特捜部Q」が気付く。
主任刑事と二人のアシスタントが個性豊かでとても面白い。シリーズの第6作目だそうで、ぜひ第1作から読みたいと思った。

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アーナルデュル・インドリダソン「緑衣の女」 [読]

アイスランド人作家のミステリー。池澤夏樹の書評で知った。
住宅建設の現場から人骨が発見される。事故か事件か、捜査が進む中でおぞましい出来事が明らかになってくる。ドメスティックバイオレンス、家庭内暴力という問題は古くから世界共通のものだったのだ。
捜査主任の警部が抱える家族の問題も絡み合って、一気に読まされた。

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松原始「カラスの教科書」 [読]

河内長野野鳥の会の会報「こげらつうしん」に「本でバードウオッチング」という欄がある。そこで会員さんが紹介されていて読んだ。
嫌われ者のカラスについて、一般の人向けに書かれた本。これが実に面白い。普段見られる、くちばしの太いハシブトガラスと、細いハシボソガラスを中心に彼らの生態が分かりやすく、面白おかしく書かれている。
飛んでいる姿でハシブトかハシボソか見分けられないものかと思い続けてきたが、本書のお陰で分かるようになるかもしれない。

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浅田次郎「帰郷」 [読]

太平洋戦争に召集された兵士たちの物語。6作の短編からなる。
生還しながら故郷に帰れない男、玉砕の島で高射砲を修理する男、遊園地の幽霊屋敷でうずくまる男、不寝番のまま成仏できない男、傷痍軍人として物乞いする男、沈みゆく潜水艇の中の男。
声高に戦争の悪を書き立てるのではなく、太い潮流として反戦平和の願いが流れている。ただ、若い人たちはこのような小説を手に取ってくれるのだろうか。
まもなく戦後71回目の8月15日がやってくる。

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蓮實重彦「伯爵夫人」 [読]

元東大総長の作品で三島由紀夫賞を受賞し、会見のとき「迷惑な話。日本の文化にとって非常に嘆かわしい」と語り話題になった。
太平洋戦争前夜、貴族の家に居候する謎の伯爵夫人と当家の嫡男を巡る話しだが、ただのポルノ小説にしか読めなかった。
賞を与える方もそうだが、もらう方も嫌なら候補作になったときに拒否すればいいのに。
もっとも80歳にして、だからか、こんな過激な表現ができるのは感嘆する。

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米澤穂信「王とサーカス」 [読]

カトマンズに滞在していた元新聞記者がネパール王暗殺事件に遭遇し、月刊雑誌の記者として記事を書く。騒然とした状況の中で殺人事件に巻き込まれる。
物売りの少年、修行僧、宿の主人、同宿の外国人、王宮警護の将校たちが謎めいていて、予想もしない結末になる。
事実を伝えるということはどういうことなのか。読み手はサーカスを観ているだけではないのか。なかなか重たい題材の小説だ。

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吉本ばなな「ふなふな船橋」 [読]

ゆるキャラというものが今ひとつよく分かっていなかったのだが、震災後のくまモンを見ていて、大人にも元気をくれるものだと思った。
これは、同じゆるキャラの人気者の一つ、ふなっしーに力をもらいながら千葉の船橋で生きていく女性の物語。
両親が離婚し叔母に育ててもらって成人した主人公は、結婚するはずだった彼氏に裏切られる。傷心の彼女が友だちに助けられ、両親の本当のことを知り、不幸な少女にめぐり逢って、新しい生き方を見つけていくというもの。
新聞に連載されていたころは見向きもしなかったのが、すっかり損をした。

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宮下奈都「羊と鋼の森」 [読]

北海道の山奥で育った少年が調律師になる物語。高校生のとき偶然にピアノの調律の現場に立ち会い、調律の世界に魅せられ成長していく。
家にも古いアップライトがあって、毎年同じ調律師さんが来てくださるので、作業するシーンはよく分かる。
今年の本屋大賞受賞作。さわやかな青春小説というべきか。ただ、この歳になると、悪や哀しみの出てこない小説は物足りない。

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砂田麻美「一瞬の雲の切れ間に」 [読]

一つの交通事故をめぐって、女と男の人生が交錯する。
加害者、被害者、目撃者。それぞれの立場から五つの物語が書かれ、それぞれの苦しみと愛と希望が示される。
著者は映画監督だそうで、カットを重ねるような書き方と展開は、なるほどそうかと思わせる。さらさらと短時間で読め、あまり余韻が残らなかった。
               *
ツバメは卵が6コになっていた。
11時頃、けたたましく騒ぐので出てみると2羽で野良猫を追いかけ回している。なんと撃退してしまった。

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桐野夏生「バラカ」 [読]

最初は面白そうだったのに、尻切れトンボの訳の分からない小説だった。
ドバイの「赤ちゃん市場」で買われた女の子が事故直後のフクシマに捨てられる。ボランティアに助けられた彼女は反原発運動の象徴に祭り上げられ、原発推進派は反対運動を抹殺しようとする。そんな筋だったか。
奥付を見ると、大震災の混乱が続いている中、月刊誌に2011年8月号から連載開始とある。身近な災害や事件事故を題材にするときは、被災者や被害者たちと真摯に向き合って書かれるべきではないか。この本はとてもそうだとは思えない。

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相場英雄「ガラパゴス」 [読]

冒頭から引き込まれて、長編だが、久々の一気読みになった。
腕は立つが上司に疎まれて窓際係の中年刑事が、自殺と処理された身元不明死体者が殺されたものであることを発見する。
最初から黒幕が暗示されているので、いかにしてたどり着くかが読ませどころだが、いろいろな伏線が張られていて最後まで面白かった。
ただ、被害者は派遣職員にならざるを得なかった男で、非正規雇用と自動車を始め製造業の実態が書き込まれていて、読後暗澹たる気持ちになった。

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柚月裕子「孤狼の血」 [読]

広島の暴力団抗争を舞台に、ヤクザ狩りに命をかけた刑事の物語。
新米の刑事が、暴力団対策課に配属される。そこで一匹狼の上司につき、違法捜査もいとわない手腕に戸惑いながらも惹かれていく。
途中から、題名通りに、刑事として鍛えられていく筋になるのだろうと思っていたら、最後にまったく予想しない展開になった。面白かった。

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乙川優三郎「ロゴスの市」 [読]

年に一度、ドイツのフランクフルトに世界中から新作の本が集まる。来場した出版業界やジャーナリスト達が他国の言語の作品を持ち帰り、自国の言語に訳されて理性の世界がつながってゆく。まさしく「言葉の市」だという。
英語に魅せられた男と女の物語。裕福な家に生まれた次男坊は翻訳家を目指し、再婚した母親の連れ子の娘は同時通訳者となる。「のんびり」の男と「せっかち」な女の不器用な愛の形が綴られる。抑制された簡潔な表現ながら、しみじみと余韻が残る。

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野口武彦「花の忠臣蔵」 [読]

「忠臣蔵」と聞くと心が騒ぐ。これは歴史学者が書いた本。
これまで小説を読んだり、映画やドラマで見た浪士達のエピソードについて、出典となった史料が紹介されている。
作家や脚本家達はそれらを踏まえて、ほぼ正確に書いてきたのだなと改めて感心した。ただ、それ以外に新しい点が見られなかったのが物足りない。
折しも、寺坂吉右衛門を主人公にした「最後の忠臣蔵」の再放送が始まった。楽しみだ。

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天童荒太「ムーンナイト・ダイバー」 [読]

月の夜、人目を避けて東北の海に潜る男がいる。津波に奪われた家族の遺品を探し出して欲しいと頼まれ、月に一度、海底の泥の中を探す。ダイバーも自分の身代わりで兄を亡くした。
依頼人達とは代表者だけとの接触がルールだが、あるとき夫が行方不明の女から個人的な依頼を受ける。潜り続ける中でダイバー自身や依頼人達が、過去に区切りを付け、これからに向かう力を手にしていく。
また3.11がやってくる。いつも苦しみに耐える人たちに希望の灯を掲げ続けてきた、天童荒太が震災に向き合ったこの小説は、被災された方達にどう受け取ってもらえるのだろう。

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梯 久美子「愛の顛末」 [読]

著者が好きだという文学者について、彼らの生涯に大きな存在だった異性との交友を書いた本。
添い遂げられなかった人、一人を取りあった人、三人の妻を持った人、憎しみに生きた人。
人生いろいろとはよく言ったものだが、決してスキャンダラスなものではなくて、彼らの生き様が尊敬を持って書かれている。
とりあげられているのは、小林多喜二、近松秋江、三浦綾子、中島敦、原民喜、鈴木しず子、梶井基次郎、中城ふみ子、寺田寅彦、八木重吉、宮柊二、吉野せいの12人。
初めて知った名前もあった。

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河﨑秋子「颶風の王」 [読]

明治の初め、東北の山奥に生まれた私生児が根室に入植する。そのとき、1頭の丈夫な馬を伴っていた。その青年から数えて四代目の娘が、その馬の末裔に会いに行く。
青年の母が馬に助けられて生き延びたところから、娘が馬に魅せられるまで、一族と道産子の話が綴られる。
しみじみとして、読後とても気持ちがいい。颶風とは、古い気象用語で、強く激しい風のことという。

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金時鐘「日本と朝鮮に生きる」 [読]

著者は在日朝鮮人の詩人。80歳を越えておられる。何かの賞をもらったという書評を見て読んだ。ご本人や在日の方には、はなはだ失礼ながら、無茶苦茶面白かった。小説を読むようだった。
日本が朝鮮半島を植民地にしていた時代、「皇国少年」として叩き上げられた著者が1945年8月の「解放」を経て、アメリカの支配に抵抗し、日本に逃れてきた事情が書かれている。「韓国のハワイ」と呼ばれるリゾート地の済州島で大量虐殺があったということも初めて知った。
日本と朝鮮半島は文字通り一衣帯水。大切な間柄だと改めて思ったことだった。

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ピエール・ルメートル「天国でまた会おう」 [読]

元日に本を読むなんて生まれて初めてかもしれない。暮れに読み始めたら、面白くて止まらなくなった。
舞台はフランス対ドイツの第一次世界大戦。フランス軍の3人の兵士が主人公だ。小心者の銀行員、大富豪の息子の芸術家、そして彼らの上官となる没落した貴族の跡取り。
戦争をバネに復活をもくろむ貴族と、彼の陰謀にはまった銀行員と芸術家が戦後のパリで生きる。金儲けに成功する貴族に対し、後遺症に苦しむ銀行員と芸術家。3人が交錯する物語はまったく予想できない展開になる。
抜群に面白かった「その女アレックス」の作者の作品。こういう小説はどういうジャンルにくくられるのだろうか。フランスでは冒険小説ともいわれているらしい。
題名は、敵前逃亡の汚名を着せられて処刑されたフランス軍の兵士が残した言葉からとられたという。「あの空で待ち合わせだ。神が僕らを結びつけてくれる。妻よ、天国でまた会おう・・」。

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中島京子「かたづの!」 [読]

徳川の天下になった頃の奥州南部藩が舞台。領主の夫と跡継ぎの子を毒殺され、親藩に併合されようとする危機に、残された妻が女領主として立ち向かう。
豊かな八戸から荒れ地の遠野への国替え、家来の謀反など次から次へと現れる困難を、子どもの頃から親しんだ、一本角のカモシカの力を借りて乗り切っていく。

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西川美和「永い言い訳」 [読]

タレント活動にも多忙だった人気小説家の妻が死んだ。夫婦仲はとうに冷え切っていたものの、突然にいなくなった衝撃は大きい。
若い頃は髪結いの亭主だったせいか、生来のジコチュウか、きわめて屈折した性格の男が、妻にゆかりのあった人たちとふれあううちに、再生していく物語。
作者は本業が脚本家、監督だそうで、文体や構成が映画的でなかなか面白かった。名前から女性だと思っていたが、読んでいるうちに男かと思った。

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吉田修一「森は知っている」 [読]

「太陽は動かない」は太陽光発電を巡る産業スパイの物語だった。スパイの胸には時限爆弾が埋め込まれている、といった奇想天外の話だったが、それ以外は本物みたいで面白かった。
その主人公、鷹野一彦が産業スパイとして誕生した物語。今度は水道事業の民営化を巡るスパイ小説。「太陽は・・」の前日譚になる。
高校生がスパイになる、というこれも奇想天外の設定だが、それ以外はやはり本物に感じられる。とても面白かった。

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ケン・リュウ「紙の動物園」 [読]

アメリカ在住の中国人の15編からなる短編集。弁護士とシステムエンジニアでもあるという。
書名になっている表題作は母と子の物語。家政婦同然にアメリカ人と結婚した中国人女性。生まれた子どもは母が作る折り紙の動物に見守られながら育つが、思春期になり英語を話せない母に苛立つ。母が死に、残された中国語の手紙を読めない息子は・・・。
他には、地球を脱出した宇宙船の故障を修理する日本人の話、妖怪の娘を助ける猟師の子の話が気に入った。
SF小説の分類に入れられるのだろうが、全編に日本的なるもの、東洋の雰囲気が漂う。

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東山彰良「流」 [読]

70年代に青春を過ごした台湾の青年の物語。
やんちゃな学校生活から、大家族や恋人の話に、殺人事件も起きる。台湾と中国の歴史まで織り込んで実に面白い。
直木賞受賞作で、選考委員の全員一致というのも納得した。

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澤田瞳子「若冲」 [読]

江戸時代中期の画家、伊藤若冲の物語。名前は知っていたが、どんな絵を描いたのか知らなかった。
大きな問屋の跡取りとして生まれ、生活には困らなかったが、妻に死なれたことが生涯絵を描き続けるバネになったという。
まあまあ面白かったが、名詞止めが多く読むリズムが切られる。好きな蕪村も出てくるが、貧弱に書かれていてこれも残念。

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後藤正治「天人 深代淳郎と新聞の時代」 [読]

朝日新聞嫌いの人でも、朝刊一面のコラム「天声人語」のことは知っているのではないか。
その欄を1973(昭和48)年2月から1975(昭和50)年11月まで担当し、急性骨髄性白血病で夭折した新聞人の伝記である。
その時期は毎日新聞を取っていたので知らなかったが、本の中で紹介されている多くの「天声人語」を見ると、いかに惜しい人だったのかがわかる。故人や同業者を語る際の礼節などがあるにしても、深代淳郎に対する著者の敬意と好意がにじみ出ている。
朝日はいま、慰安婦報道を巡る誤りの連鎖で、存亡の危機にある。この本を読んで、もう少し応援してみようかという気持ちになった。
コラム名の「天声人語」とは「天に声あり、人をして語らしむ」という中国の古典からとられたらしいが、深代はこう書き残したそうだ。「しばしばこの欄を、人を導く『天の声』であるべしといわれる方がいるが、本意ではない。民の言葉を天の声とせよ、というのが先人の心であった」。

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山田風太郎「人間臨終図鑑」 [読]

世界の歴史に名を残した英雄から犯罪者までの死に様を、亡くなった年代順に書いた「図鑑」である。15歳の八百屋お七から、121歳といわれた泉重千代まで923人がとりあげられている。
死を迎えた人間を書くには、当然その人の生き様にも触れるわけで、その評価を山田風太郎は容赦なく下していく。一人につき1、2ページの記述ながら実に面白い。博覧強記の風太郎の目にかなったのはほんの一握りにしかすぎない。
生きることも大変だが、死ぬのも一苦労しなければならない。こういう本に目が行くようになったんだなあ。

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上橋菜穂子「鹿の王」 [読]

勢力を広げる帝国と、侵略される王国を舞台に繰り広げられる勇者の物語。近世の中央アジアをイメージさせる。
帝国の捕虜となった王国の元兵士が伝染病を運ぶ狼に噛まれ、偶然に自由の身になる。その伝染病を巡り、王国と帝国のせめぎあいが展開する。
児童文学の勲章といわれる、国際アンデルセン賞を受けた上橋菜穂子の新作。愛と勇気の冒険に、国家の陰謀や医療の発展が絡み、子供には少し難しいかもしれない。
最後は少し物足りない展開になった。

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池澤夏樹訳「古事記」 [読]

子どものころに歴史で習って、その存在だけを知っていた日本の神話集を読んだ。
イザナキとイザナミの子作りの話から、アマテラスの神隠れ、因幡の白ウサギ、ヤマトタケルの冒険など、なるほどとても面白いものだったのだ。
戦後教育の中で胡散臭いものとして扱われてきた書物だったし、原文で読むのはとても無理だったから、手にすることはあるまいと思っていた。。
好きな池澤夏樹が現代訳をしたということで読む気になり、大いに得をした。いや、知らずに今まで損をしたというべきか。

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